大正12年創業。94年続く薬局は笑顔があふれる薬局だった

関東大震災での被災、第二次世界大戦での店舗全焼という困難にぶつかりながらも、地域住民の健康のために医薬品の供給をし続けた越前堀薬局。

1923年(大正12年)に開局した同薬局は、現在創業94年。間もなく長寿企業の仲間入りを果たす。

M&Aが活発化し、体力のない薬局はどんどん消えている中、100年の間、何度も訪れた苦難を乗り越え、生き残ってきた越前堀薬局には、きっとほかの薬局とは違う魅力があるに違いない。それは何なのだろう。

患者さんが笑顔になって、ほっとしてくれたらうれしい

越前堀薬局勤務歴20年・染谷晃子さん

取材前、越前堀薬局を覗いたとき、おだやかな笑顔を浮かべながら女性の患者さんとお話をしている薬剤師がいた。患者さんも、すごく楽しそうにお話をしていたのが印象的だった。

そのとき応対をしていたのが染谷晃子さんだった。

染谷さんは現在72歳。

元気にてきぱきはたらく姿からまったく想像できないが、実は2年前に大病を患い、3週間の意識不明の重体に陥った。それから半年ほどの休養を経て、再び越前堀薬局に戻り、店頭に立ち続けているのだという。

「今は、体はまったくなんともないんです。担当医も驚いたくらい。自覚症状はないものだから、引退を考えたこともないですよ」

きっぱりと、笑顔で言い切る。

紙薬歴から電子薬歴に切り替わったときには操作に戸惑ったこともあったそうだが、現在は研修認定薬剤師の取得を目指してe-learningにて研修を受講中。月1回開かれる社内勉強会での情報収集も楽しいという。

「6年制出身の薬剤師さんたちはものすごく勉強してきている。足を引っ張らないようにがんばらないと!」

生涯現役薬剤師を体現する染谷さん。
モチベーションは何なのだろう。

「私は両親の看取りもしたし、自分自身も病気をしました。その経験があるからこそ分かる患者さんの気持ちがあると思う。そんな方たちに寄り添ってお話を聞くことで、ほっとして、笑顔になって帰ってもらえたらうれしい

薬剤師は薬を渡して体の健康を守るだけではなく、心の健康を守ることも大切だということを、染谷さんのはたらき方から教えてもらった気がした。

温かな患者さんたちが暮らすこの地区に、恩返しをしていきたい

越前堀薬局勤務歴3年・川田裕隆さん

大手調剤薬局チェーンに勤務していた川田さん。
多いときには200枚の処方箋を4人の薬剤師でさばかなければならないほど忙しい店舗に勤務していた。患者さんとゆっくり話すことがままならず「ただひたすら正確に、1秒でも早く」が求められた。

そんなはたらき方に「薬剤師の仕事って、ほんとうにこれで良いのだろうか」と、次第に疑問を持つようになり、「地域密着型で、患者さんに向き合える薬局ではたらきたい」と思ったそう。

向かって右:越前堀薬局4代目/同店店長・犬伏洋夫さん。向かって左:川田裕隆さん

そんなときに「地域に根差している薬局」と紹介されたのが越前堀薬局だった。紹介者はなんと犬伏さんのかつての同僚だった川田さんのお母さんと、その職場の社長だったそう。

今は、「縁を結んでくれたすべての人への恩返しのために、越前堀薬局のファン作りをする」ために尽力しているという。そして、その目標は達成されつつあるようだ。

「処方箋はないけど、OTCをよく買いに来てくれる患者さんがいて、お話をしているうちにいろいろな相談を受けるようになったんです。ある日 “足がつる” というので、お薬手帳を見せてもらったところ、スタチン系の薬が処方されていました。しかも、服用開始したばかりだというので、すぐに主治医に連絡するように助言。改善に導くことができました」

普段から患者さんと会話する時間を十分にとって、なんでも気軽に相談してもらえるような関係性が整っていたおかげだと川田さんは言う。

薬局によっては患者さんとの話は早く切り上げて、いかに多くの患者さんに応対するかが重要視され、長話する患者さんや薬剤師が敬遠されるケースがある。

「越前堀薬局では、患者さんと対話する時間を大切にしてくれる。今後は、今回の患者さんのように、処方箋があってもなくても頼ってきてくれる方を増やしたい。それが、かかりつけ薬剤師として、薬局に貢献することになるし、地域で暮らす人たちのためにもなると考えます」

創業100年に向けて、八丁堀のランドマーク的な薬局を目指す

越前堀薬局4代目の犬伏洋夫さん

犬伏洋夫さんは1923年(大正12年)から続く越前堀薬局の4代目。

「1代目犬伏信吉は、もともとは乾物商を営んでいました。ところが、関東大震災で被災し、ケガや病気で苦しむ人たちの姿を見て、包帯などの衛生用品を取り扱うようになったそうです。これが売薬屋のはじめだと聞いています。その後も、1945年3月10日には空襲で店舗と住宅が全焼するなどの苦難に見舞われましたが、すぐに急ごしらえの建物で営業を再開しました」

2代目の武夫氏は、あたらしいものを積極的に取り入れる経営者。漢方の名医である山田光胤氏との出会いをきっかけに漢方薬を薬局に導入。漢方相談・販売を薬局の大きな収入源として確立した。さらに消費者がワンストップで生活に必要なものを入手できる“ドラッグストア”というスタイルを薬局に取り入れたという。

ドラッグストアのスタイルを導入したころに使っていたレジ。スウェーデン製なのだとか。

顧客に配布するお知らせの紙を刷っていた印刷機

ドラッグストアのスタイルを導入したのは1960年のこと。薬のほかに化粧品、自然食品、肌着、切手などを扱い始めた。そして、犬伏さんの父である3代目の貞夫氏は鍼灸治療を開始。

代々、時代にあわせ、そして地域で暮らす人たちにあわせて薬局の形を柔軟に変化させてきた

新川2丁目の交差点にそびえたつ10階建ての自社ビル。1階が薬局で2階が鍼灸院

創業100年に向けて、犬伏さんはどのようなビジョンを思い描いているのだろうか。

八丁堀には近年タワーマンションが次々に建設され、今後、新しくファミリー層などが増えると考えられるという。

これを受け、「新しくこの土地で暮らし始めた方に向けて、 “処方箋がなくても気軽に健康相談ができる薬局がある”、”しかも歴史も古く、安心して相談できるスタッフが常駐している” と知って頂けるよう、越前堀薬局を、八丁堀地域の薬局業界におけるランドマーク的存在としてアピールしていきたい」と語る。

そのための施策として、現在「ふらりと入ってきやすい薬局」の雰囲気作りを模索中だ。

八丁堀の街並み

これまで94年間、地域に根差して患者さんの健康づくりに尽力し続けてきた越前堀薬局。
取材のときに、本店の店頭で染谷さんと話していた患者さんの笑顔。そして、支店から出てきた親子、特にお母さんが子どもを自転車に乗せながら顔に浮かべていた、安心したような表情が印象的だった。

創業100周年に向かって、昔なじみの患者さんからも、新しくやってきた患者さんからも、ますます頼りにされている。

それはなぜなのか。

その理由は、脈々と受け継がれてきた「患者さん想い」という理念が、薬局に、そしてはたらく人根付いているからなのではないだろうか。

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越前堀薬局本店
東京都中央区新川2-17-12 Eビル1F
TEL :03-3551-9933
FAX :03-3551-6862
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おわりに

越前堀薬局本店の入り口

人が人を呼び、惹きつけられてやってきた人は、長くはたらくことができる薬局

それが越前堀薬局だ。

今回取材をして驚いたのは、現在薬局にいるスタッフさんたちは全員、いわゆる転職支援サービスなどを介さずに、自然と、集まるべくして集まってきた人たちだということだ。

スタッフのみなさんが、知り合いの薬剤師からの紹介だったり、薬局実務実習をきっかけに「ここではたらきたい!」と志願したい人たちなのだとか・・・。

100年もの間、地域の人たちの健康に寄与してきた薬局には、「ここではたらきたい」と思う吸引力があって、長くはたらける条件、つまり「一緒にはたらきたいと思う魅力的な人」と、その仲間たちと一緒に作り出す「居心地の良い雰囲気」が整っているのだ。